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広島高等裁判所 昭和28年(う)21号 判決 1953年5月27日

控訴人 被告人 後藤静男

弁護人 宗政美三

検察官 小西茂

主文

原判決を破棄する。

被告人を科科八百円に処する。

右科科を完納することができないときは金百円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

原審並びに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人宗政美三の控訴の趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

論旨第一点について

刑法第二三四条の業務妨害罪は、威力を用いて人の業務を妨害することによつて成立し、右にいわゆる威力とは、一般に人の意思を圧迫するに足る有形並びに無形の勢力(暴力の行使並びに脅迫は勿論その他社会的、経済的、政治的などの地位、権勢による圧迫等を)汎称するものと解する。而して原審並びに当審において取調べた証拠に現われている事実によれば当時被告人は原判示のように池田調次が被告人方附近の山林(但し同所は上藤留夫の所有地で被告人のものではない)において製材のため製材機を搬入しようとしたのに対し、それまでに同所で製材した鋸屑を同人が約束に従い片付けていないためそれが被告人方の飲料用水に流出する虞があるとしてこれを詰責すべく判示のように申向けたところ、池田が困惑し遂に右搬入を中止し該製材をやめるに至つたことを認むることが出来るけれども、客観的にみてその際被告人が池田に対し右搬入を中止し製材業務をやめねばならない程の威力を用いたと首肯するに足る証拠は何等存しないところである。尤も原判決は判示のように池田に申向け怒鳴りつけたと判示し、原審における証人池田調次は、その際私は被告人に大きな声で怒鳴りつけられ、同人には暴行罪の前科があるので無理に搬入したらひどい目に会うかも知れぬと思いやむなく中止した旨供述し居り、被告人には暴行罪の前科一犯(罰金千円但し一年間執行猶予)があることは明らかであるけれども、さりとて同人は未だ暴行癖がある者として一般に怖れられていたわけではないことは当審証人中尾正の供述によつても明らかであり、又当時被告人において暴行の挙に出るが如き言動に及んだこともこれを認めるに足る証拠の存しないところであるから(当審における証人池田調次の「その際、被告人は機械を入れたらしごうすると一口言つた」旨の供述はたやすく措信し難い)若し当時池田において被告人の暴行を怖れたとするも前記本件のいきさつ等に鑑みるときは、右は全く同人の特種の恐怖感に基いた一時的の思い過ごしに過ぎなかつたと認める外はないのである。之を要するに被告人は或は詰責し或は他人を困惑せしむる様な不当なことを申向けてその業務を妨害したことは認められるが威力を用いたことは之を認むるに足る証拠はない。従つて本件被告人の行為の如きは軽犯罪法第一条第三一号に該当するものと解するを以て正当とし、刑法第二三四条を以て問擬すべきものではない。従つて刑法第二三四条を適用処断した原判決はその間所論のように事実誤認又は法令の解釈適用を誤つた違法があるに帰し到底破棄を免れない。

論旨は理由がある。

よつて論旨第二点(量刑不当)についての判断を省略し刑事訴訟法第三九七条により原判決を破棄し同法第四〇〇条但書に従い当審において左のとおり自判する。

(罰となるべき事実)

被告人は昭和二十七年九月一日頃肩書居村奥中原公民館附近の橋のたもとにおいて、当時材木商の池田調次が被告人方附近の奥中原山林において製材の業務を営むため同所に製材機を搬入しようとしていたのに対し、右池田がそれまでに同所で製材した鋸屑を約束に従い片付けていないことを詰責するため「製材機はここから入れさせぬ、入いるなら、南門原から入れ、入つても仕事はさせぬ」と申向け、因つて右池田をして該製材機の搬入を中止するに至らしめたものである。

(証拠)

一、原審の検証調書

一、原審における証人市川吾六、同平石武夫、同池田調次の各尋問調書

一、原審第二回公判調書中の被告人の供述記載

一、被告人の当公判廷における供述

(法令の適用)

被告人の右所為は軽犯罪法第一条第三一号罰金等臨時措置法第二条第二項にあたるから所定刑中科料刑を選択し所定金額の範囲内で被告人を科料八百円に処し、なお右科料の不完納の場合における労役場留置につき刑法第一八条、原審並びに当審における訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項に各従い主文のとおり判決する。

(裁判長判事 伏見正保 判事 尾坂貞治 判事 小竹正)

弁護人宗政美三の控訴趣意

第一点原判決は事実誤認がありこれは判決に影響を及ぼすこと明かである。原審は被告人が池田調次の製材の業務を妨害したとの事実を認定したがこれは池田調次の供述のみを信じて斯る認定に出でたもので誤つて事実の認定をしたものと言はなくてはならない。即ち原審に於て取調べたる証人市川吾六、証人平石武夫の供述よりするも本件に於て被告人が威力を用いて居らないことは容易に窺える。然も前記市川吾六平石武夫は被告人とは懇意な間柄ではないが被害者池田調次とは同村にして池田に頼まれて本件現場にも来た様なことでもあるしこれ等証人が被告人に不利なことを言うことがあつても有利なことを言わなければならないと殊更に思うことはあり得ないがその証人が威力を用いた様なことはないと言つているのでこれより確実な証明はない。即ち、証人市川吾六の証言は二人が話合つて居る時別に大きい声で話合つて居つたものでなく内容すらはつきり判らなかつたことを言つて居る。更に同証人は池田さんが私達に「今降した荷を又積んでくれ帰る」と言い出したので私は「どうかならんのか折角来たのに又出なおすことは難かしいからなんとかならんか」と言つたのですが池田さんは「帰る」と言い張るものですから又製材機を積み込んで引揚げましたと証言して居るが、これが真実に合致するもので被告人が邪魔したのではなく池田が腹を立つか何か考えるところがあつて皆んなが止めるのをも聞かず引揚げたことが判る(同証人の検証現場に於ける供述御参照)。証人平石武夫の証言によるも被告人が大きな声を出したことのないこと、怒つて居つた声でなかつたことが判る(同証人の検証現場に於ける供述御参照)。

実際被告人が無理難題を持ち掛けて池田調次を困らして居つたものでなく、被告人が「製材機はここから入れさせん這入なら南門原から這入れ」と言つたのは、池田調次が昭和二十七年の四月に製材を中止する際鋸屑を片附けないで行つたので初夏の大雨に被告人の裏の方迄鋸屑が来てこれに所謂うぢがわく状態となるので被告人はこれを片附けさせる為或は今後斯様なことをさせない為話合つて居つたもので洵に理由あることである。此の場合池田調次として這入らうとすれば別に被告人が暴行脅迫を加えたものではないし支障はないのであるが殊更に引返したものと思はれる。これは後に池田証人が「本件を訴えたのは別に被告人を罰したいからではないが民事上の損害賠償の訴を起すのに証拠としなくてはならないから訴えた」と言いふらして居るとのことであるがその場の同人の行為からみてもまことに斯様なことも真実と思われる。同人の現場での供述問その木はどうなつているか。答もう虫食になつて用材として出すことは出来ません。との供述より考えて見るに(記録二十七丁)本件が起きたのは昨年の九月一日で同人が証人として取調を受けたのは十二月二十三日でこの期間に虫食になつて用材にならない等のことがある筈はなく用材にならないとすれば池田調次が四月中旬製材を中止して梅雨期を雨にさらし更に夏に放置した為虫が食つたもので斯様な証言一つを採つてみても如何に池田調次がいい加減な人物であるかが窺える。勿論斯様なことを言う被告人も決して正しいことではないがしかし横着者にこの位のことを言うことは普通考えてもあり得べきことで斯様なことを言つたのを更に被害者がこれを却つて幸と引返したものであることも容易に判る。本件の如きを威力を用いて業務を妨害したと業務妨害罪の刑責を負わすことは洵に事実の認定を誤つて居るものと言わなくてはならない。池田証人の供述よりすると(同人の検証現場での証言、被告人が暴行前科がある)恐れて帰つたとのことであるが、斯様な言い方も場合によりけりであつて、被告人は暴行の前科があると言つても酩酊の結果中学校の落成式に少々脱線して暴行罪に問われたという迄で村会議員も勤めたりして居る。特に気持は清らかな決して邪心はない人物で被告人の平素の性行より恐れたと言う如きことはない。不誠意をなじつて居るのであるから、それが極く穏かな言葉であつたことはなからうが証人の証言も威力を用いたと言う場合とは程遠いことがよく判り又被告人も何等池田調次の製材業務を妨害して同人から金銭を喝取する目的でもなければ製材すること自体反対でもない。唯鋸屑を片附けさせたい心持があつた迄で斯様な言葉を直に被害者の供述のみから業務妨害罪であると認定することは間違つていると謂わなくてはならないし少くとも原判決には採証の違法がある。

第二点原判決は刑の量定著しく不当である。原審は被告人に対して罰金五千円の実刑の言渡を為したがこの事犯に対して罰金五千円の実刑を科することは既に有罪の認定がある場合に於ても著しく刑の量定不当と言はなくてはならない。

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